TPAC 2025 参加記録
Intro
W3C が毎年開催する国際会議、TPAC 2025 に参加してきた。
TPAC 2025
今年は何年ぶりかの日本開催であり、会場は神戸コンベンションセンターだった。
- TPAC 2025: Overview
一週間の日程の中で、様々なミーティングが行われ、今後の Web のあり方が議論される。
- TPAC 2025: Detailed schedule
W3C は会員制なので、TPAC も会員企業所属などでないと参加できない。
今回はサイボウズ社の W3C 加入を手伝った縁で、サイボウズ社員に帯同して参加した。
印象に残る部分だけ振り返る。
月曜日
初日は、まず WebComponents CG があった。
- WCCG - TPAC Agenda
個人的には、DOM Templates の議論が特に気になって参加したが、残念ながら他の議論も結構時間がかかったため時間も足らず、大きな進展もなく終わってしまった。
元となる Template Instantiation を提案した Safari の rniwa さんが来ていたため、今後の WebComponents の展望などについて話すことができたが、やはり全体的に長期スパンで話をしているため、すぐ結論が出ないからと言って悲観するものではない、という話だった。理想にはまだ遠そうだ。
ずっと気になっていた、Template Instantiation の仕様が突然出てきた背景を聞いたところ、「寝れなかった夜に、一気に書いた」という話だった。そのおかげで Snippet でしかなかった <template> が先に進む契機になったので、その夜に感謝したい。
夜は、日本会員限定のディナーがあった。ジェームズ邸という、結婚式などで使われる素敵な建物でのフルコースだった。
W3C の CEO である Seth と同席で、W3C に対するフィードバックを求められたので、現状の会員システムの問題について議論した。W3C の会費は、その会社の従業員数や売上で決まる。Web サービスの会社ならいいが、大きな会社の Web 部門の場合、その部門が W3C への参加意欲があっても、部の予算では賄えない会費になる問題だ。これについては、かなり建設的な議論ができたと思う。
まあ、これだけ Web サービスを生業にしている会社がありながら、W3C 会員企業がほとんどいない日本の問題は、費用や言語の壁だけとは思っていないが。
火曜日
通しで WHATWG のミーティングがあった。
- WHATUP 2025 Notes
アジェンダには、ずっと気になっていた HTML Anchor Attributes があったので参加した。
昼前くらいに Chrome チームと一緒に早めのランチに抜けたので、生では聞けなかったが、こういう突発的な交流が TPAC の醍醐味でもあるので、三ノ宮まで神戸牛を食べに行った。
午後も WHATWG に戻ったが、議論としては細かい話が多かった。
1 つ非常に気になったのは、Chrome ネットワークチームの以下の提案だ。
- Proposal: Add optimization to ignore "duplicate" navigations · Issue #11743 · whatwg/html
何度もリンクをクリックしたり、リロードを繰り返すユーザの、無駄なリクエストを減らすために、連続する場合は後続のリクエストを無視して、最初のものだけ採用することで、最適化する提案だ。
会場では「この場合はどうなるのか?」といったエッジケースの議論が多かったが、そもそもが Web の様々なユースケースに影響するのではと思って聞いていたが、席が隣だったので休憩中に直接話しかけて議論をした。こうやって直接話せるのも TPAC の良さだ。
水曜日
この日は、全て Breakout セッションの日だった。Breakout は、それぞれが「みんなでコレを議論したい」というトピックを持ち寄り、そこに興味のある人が参加する、OST のような形式をとっている。
TPAC は濃厚な議論を一週間行うので、欲張ると体調を壊しがちだ。そこで、この日はホテルの部屋で体力を温存しながら、Zoom で参加するつもりでいた。
しかし、その中でも "Future of Open Web" というセッションが、格別の内容だった。
- Future of the Open Web | W3C
タイトルからも「まあ、W3C で TBL とかがやってた、よくあるやつだろう」くらいに思っていたのだが、実際はかなり毛色が違った。
Chair の一人があの mnot で、議題は要するに「AI などの登場で Web のユースケースがかなり変わってきた。我々は Open Web とは何か、を明確には定義せずにきたが、今こそその定義が必要なのか否か」というものだ。
そこに対して、Web 標準を追っていれば知っているであろう、かなりのメンバーが一堂に会し、それぞれの立場からの活発な議論が行われていたのだ。覚えているだけで以下のような人がいた。
- Adam Rice
- Alice Boxhall
- Chris Harrelson
- Chris Wilson
- David Baron
- Emilio Cobos Alvarez
- Jeffrey Yasskin
- Mark Nottingham
- Martin Thomson
- Mason Freed
- Noam Rosenthal
- Philippe Le Hegaret
- Rachel Andrew
- Rick Byers
- Roman Komarov
- Tantek Celik
- Theresa O'Connor
分野の違いなどで、普段はなかなか一緒にならないメンバーが、"Open Web" というキーワードの下に集い「これからの Web について真剣に議論している」という会場は、床にも座れないほどの超満員で、熱気に溢れていた。
ホテルの弱い回線で、途切れ途切れの Zoom を見ていた自分も、会場にいないことを後悔し、気づいたら部屋を飛び出して走って駆けつけていた。
議論がどうとか、結論がどうとかは、どうでもいい。
あの場にあった何かを、少しでも体験できたことが、TPAC 参加の最大の収穫だった。
夜は大阪までドライブがてら、ここまでを振り返る Podcast を撮った。
- ep189 Drive Talk: TPAC 2025 | mozaic.fm
木曜日
この日は、Private Advertising Technology WG (PATWG) と Cookie の Breakout があった。
- Private Advertising Technology Working Group | W3C
- Cookies | W3C
PATWG は、これまで Privacy Sandbox 系の API に取り組んでいた WG なので、おそらくそのあたりの話だろうと思っていたが、Privacy Sandbox の終了に関する話は特になく、API の Issue 整理が中心だった。
Privacy Sandbox の広告系 API の中で唯一残った Attribution API は、おおよその合意が取れたため、2026 年 CR を目指すことになった。色々あったが「みんなでちゃんと実装して互換性を高めよう」という締めであり、「Interop 2027 を目指そう」という意見も飛び交っていた。
Cookie Breakout は、今後の Cookie 仕様を話すアジェンダだったが、むしろ「Chrome が 3rd Party Cookie の Deprecate を辞めたがどうするか」という話が中心だった。
3PC が無くなる前提だったためか、残ったことで「そういえばこういうときって、どうなるんだっけ?」という確認も相互にかなりあった。実は正確に実態を把握できている人は、少ないのかもしれない。
ほとんど新しい仕様の話ができなかったので、「Privacy 関係ない Cookie の話をする場がある方がいいかも」という締めだった。
金曜日
最終日は Privacy WG に参加し、会場全体でかなり人が減っていた。
- privacywg-live-minutes | W3C Etherpad
最初に GCP の話。すでに US では 13 の州で法的な効力を持って運用されているが、他の国や法律はどうカバーするかといった議論だった。
それ以外は、ほとんどが現状報告といった感じだ。そもそも WG 自体が、API 策定というより様々な「ガイダンス」を出していくフェーズなので、その作業のすり合わせなどが多かった。
終わって帰る際に、水曜の Open Web Breakouts の Chair だった mnot に久々に会えたので、少し話をし、Breakouts 開催について感謝をして、写真を撮って別れた。本当はもっと、しないといけないお礼などがあったが、全部忘れて Breakouts の話をしてしまったが、まあしょうがない。
Outro
今回は、日本の会員で初めて TPAC に参加する人も多くいた。
「こんな狭い部屋で標準が決まってると思ってなかった」「Web 標準っていうデカい何かによって決まってると思った」などの感想を聞いても思うが、やはりこういう実際の現場に来てみると、それまで想像でしかなかった標準化の実態について、かなり解像度が上がるだろう。
W3C という大きな 1 つの主語の裏には、複数の細かい WG や、そこで議論に参加する数人のエンジニアや、それを土台にスペックを書く 1, 2 人のエディタの集合でしかない。
WG によっては、高齢化してどうなるかわからないものや、所属企業が偏って中立性を保つのに苦労するものや、中心人物が育休などに入り作業が止まるものなど、様々な事情を抱えながらも、決して潤沢とはいえないリソースをやりくりして Web を支えている。
もし「ブラウザベンダが勝手に話を進めている」と思っているのならば、ここに来れば「Web 開発で身を立てる企業やエンジニアがこれだけいながら、標準化に当事者意識を持って参加する人がほとんどいない」だけだということがよく分かるだろう。
来年はアイルランドなので、日本からの開催ハードルは少し高いが、いつかまた日本で開催されるはずなので、その時は是非「標準化の現場」を体験してみると良いと思う。
そのために W3C への加入を検討するのであれば、是非相談して欲しい。